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LINTO日本語の校正と推敲

間違えやすい日本語 / 第130回

「鼻が高い」は自慢している?「鼻にかける」との違い

「家族が表彰され、こちらまで鼻が高い」。誇らしい気持ちを表す自然な文です。一方、「表彰されたことを鼻にかける」と書けば、得意になって自慢しているように伝わります。「鼻が高い」は誇らしく感じる状態、「鼻にかける」は自慢したり得意がったりする行為です。

自分以外の活躍にも「鼻が高い」と言える

「応援していた友人が入賞し、鼻が高かった」。自分が入賞したわけではありませんが、身近な人の活躍を誇らしく感じたという意味です。「教え子の活躍に、恩師も鼻が高いだろう」と書くこともできます。

ただ、他人の気持ちを述べる場合には、実際にそう語ったのか、自分の想像なのかを分けたいところです。「恩師は鼻が高いと語った」なら発言の紹介ですが、「きっと鼻が高いはずだ」は推測です。

また、本人を直接褒める場面で「私も鼻が高い」とだけ言うと、自分の誇らしさが中心になってしまうことがあります。「受賞おめでとう。続けてきたことが評価されて、うれしいです」と、まず相手の成果を伝える方法もあります。

「鼻にかける」は周囲への自慢になる

「経歴を鼻にかけて、ほかの人の話を聞かない」。優れた経歴を持つこと自体ではなく、それを自慢し、周囲より上だと示すような態度を批判しています。

必要な自己紹介で経験を述べることまで、すべて鼻にかけるとは限りません。「同じ催しを三回担当しました」は、担当できる範囲を説明する情報になり得ます。経験を述べただけで自慢と決めつけない方がよいでしょう。

「受賞を鼻にかけず、今も同じように練習している」と書けば、受賞を誇示しない姿を評価できます。自分で「鼻にかけるつもりはありませんが」と前置きしても、その後に相手を見下す内容が続けば、自慢の印象は消えません。

「鼻が高い」を嫌味に使うこともある

「優秀な部下を持って、さぞ鼻が高いでしょうね」。本当に称賛する場合もありますが、声の調子や関係によっては、得意になっている相手への皮肉になります。

もともとの意味が誇らしさだから、いつでも好意的に受け取られるとは限りません。相手を褒めたいなら、「皆さんの発表が分かりやすく、準備の丁寧さが伝わりました」と具体的に述べる方が、皮肉に読み取られにくくなります。

「鼻が高くなった」と人物の変化を描く場合も、単に誇らしい気持ちになったのか、うぬぼれた態度になったのかが曖昧です。自慢が増えたことを指摘したいなら、どんな発言が増えたのかを示すと評価の根拠が分かります。

体の特徴を述べる文と区別する

「横顔を見ると鼻が高い」は、文字どおり鼻の形を述べています。「成果を褒められて鼻が高い」は、気持ちを表す慣用句です。比喩の文で実際に鼻の高さが変わるという話ではありません。

「鼻が高い人」という短い表現だけでは、顔立ちなのか誇らしい気持ちなのかが分かりにくくなります。人物紹介なら、「鼻筋の通った顔立ち」「今回の受賞を誇りに思っている」のように、述べたい方を直接書けます。

誇りを伝えるなら誰の成果かを保つ

子どもや仲間の活躍を「鼻が高い」と喜ぶことはできます。ただ、努力したのは本人なのに、紹介文が周囲の自慢ばかりになると、成果の主役が変わってしまいます。

「本人が毎日練習を続けた結果です。身近で見てきたので、こちらもうれしく思います」と書けば、本人の努力と周囲の気持ちを両方伝えられます。誇らしく思うことを隠す必要はありません。

自分が喜んでいるのか、相手が自慢していると評したいのか。「鼻が高い」と「鼻にかける」を分けると、誇りを持つことまで悪い態度として扱わずに済みます。

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