間違えやすい日本語 / 第88回
「妥協」と「譲歩」は負けたこと?合意までの違いを確かめる
「こちらが譲歩したのに、まだ合意できていない」。これはおかしな文ではありません。「譲歩」は自分の主張を引っ込めたり相手に合わせたりすること。「妥協」は、対立する双方が譲り合い、折り合えるところを見つけることです。 一方が条件を緩めただけでは、話がまとまったとは限りません。
「譲歩した」は何を譲ったのかを示す
「開始時刻については、こちらが一時間遅らせることで譲歩した」。この文は、こちらが当初の希望を一部変えたことを伝えています。会場や終了時刻など、ほかの条件まで決まったかどうかは分かりません。
「先方に譲歩を求めた」なら、相手に主張を変えてほしいと頼んだという意味です。実際に相手が変えてくれたことや、その要求が妥当だったことまでは含みません。交渉の報告では「求めた」と「得られた」を分けて書く必要があります。
相手へ直接「譲歩してください」と言うと、相手側が折れるべきだという前提が強くなります。調整の余地を尋ねたいなら、「開始時刻を一時間遅らせることは可能でしょうか」と、変えてほしい条件をそのまま示す言い方ができます。
「妥協」は必ずしも悪い解決ではない
「屋外で開催したい側と屋内を希望する側が、前半だけ屋外にする案で妥協した」。双方の希望がそのまま通ったわけではありませんが、受け入れられる案が見つかったということです。
日常では「妥協して買った」「妥協したくない」のように、理想の条件を一部あきらめる意味でも使います。そのため、妥協には満足できないまま折れた印象が伴うことがあります。それでも、意見が違う人同士で話をまとめること自体が、悪い結果とは限りません。
「妥協案が見つかった」と報告する場合にも、全員が大満足したとまでは言っていません。共有したいのが合意の事実なら、「開始を一時間遅らせ、終了時刻は変えないことで合意しました」と具体的に書く方が確実です。
「妥協しない」と言うなら対象をはっきりさせる
「品質には妥協しません」という文は、品質を守る強い姿勢を表せます。ただし、何を基準にしているかがなければ、実際に守る内容は分かりません。「指定された寸法と強度の基準は変更しません」と示せば、譲れない点が具体的になります。
同じ計画でも、日程は調整できるが安全上の確認は省けない、といった場合があります。「一切妥協しない」と広く言うより、「確認手順は維持し、実施日は相談できます」と分ければ、相談の余地も残せます。
反対に、「少しは妥協しなさい」と相手に言うと、何を守ろうとしているかを聞かずに譲ることを求める文になります。相手にとって重要な条件と、変更できる条件を尋ねる方が、折り合いを探しやすくなります。
合意を伝える文は勝ち負けで終わらせない
二人で旅行の日程を決める場合を考えてみます。一人が土曜日を希望し、もう一人が日曜日を希望している。日曜日を選んだからといって、土曜日を希望した人が必ず負けたということにはなりません。帰宅時刻や行き先を調整して、双方が納得することもあります。
「こちらが折れてあげた」と言う文には、自分の譲歩を相手への貸しとして示す響きがあります。感情を記録する日記ならそのままでも、関係者へ送る確認文では「日曜日の午後に出発することで決まりました」と合意内容を中心に書けます。
話し合いがまだ続くなら、「会場は決まりましたが、日程は調整中です」と未確定の部分を残します。「妥協」「譲歩」という言葉を使ったことで、決まっていない条件まで決定済みに見せないことも大切です。
譲ることは、意見を持たないことではありません。何を保ち、何を変えたのかが伝わる文にすると、合意後の行き違いも防ぎやすくなります。