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「佳境」の意味と使い方|「仕事が佳境」は誤用なのか

年度末が近づくと、社内のチャットに「決算作業が佳境です」「開発は今週が佳境」といった一文が増えます。忙しさの山、追い込みの時期。そう読んで引っかかる人は、いまでは少ないでしょう。この連載で扱ってきた言葉の多くは、広まった意味がもとの意味の逆を向いていましたが、「佳境」は少し事情が違います。はっきり誤用とは言いにくい。ただ、もとの意味を知っていると、使いどころの見え方が変わる言葉です。

「佳」は、よい・美しい

「佳作」「佳人」「佳日」の「佳」で、よい、すぐれている、美しいという意味の字です。「佳境」はもともと景色のよい土地、眺めのすばらしい場所を指し、そこから転じて、話や物事がいちばん面白くなるところ、興味が最も高まる場面を表すようになりました。「物語が佳境に入る」「試合は佳境を迎えた」が、この意味での使い方です。軸にあるのは忙しさではなく、面白さや盛り上がりです。

「佳境に入る」という言い回しには、よく知られた由来があります。中国の東晋の画家、顧愷之(こがいし)はさとうきびを食べるとき、甘い根元からではなく、味の薄い先のほうからかじっていったそうです。わけを聞かれて答えたのが「漸く佳境に入る」。だんだん良いところへ進んでいく、という意味です。古い書物に残るこの逸話のとおり、佳境とは、先のほうにあって、近づくほど良くなる場所でした。

「仕事が佳境」が広がった筋道

一方、「仕事が佳境」の佳境は、面白さではなく忙しさの頂点を指しています。これがどこから来たのかを考えると、おそらく「佳境に入る」が「物事の山場に入る」と理解され、その山場から面白さの要素が抜けて、忙しさや緊迫感だけが残ったのでしょう。締切前の追い込みは、話で言えばクライマックスにあたる位置ですから、位置だけ見れば筋は通っています。

そして、この使い方はかなり定着しました。辞書によっては、物事がいちばん盛んになる時期という意味を載せているものもあります。ですから「仕事が佳境」を赤字で直す必要はありません。とはいえ、面白さの意味で覚えている人が読むと、「忙しいのに佳境とは、楽しそうでいいね」と軽い皮肉のように受け取られることがあります。読む相手が決まっていない文書では、気にかけておいて損はありません。

使い分けの目安

もとの意味で書くなら、主語は「話」「物語」「ドラマ」「試合」「研究」など、面白さが膨らんでいくものがなじみます。「連載が佳境に入り、毎週の更新が待ち遠しい」。この文の佳境を忙しさと読む人はいません。

忙しさを言いたいなら、「山場」「追い込み」「大詰め」「ピーク」のどれかで迷いが消えます。「決算作業が大詰めです」なら、面白いかどうかは関係ないと伝わります。ついでに言うと、「大詰め」はもとが芝居の最終幕を指す言葉で、終わりが見えている山場に向いています。終わりはまだ見えないけれど忙しい、というなら「ピーク」や「追い込み」が近い言葉です。

「佳境」が忙しさに広がったのは、言葉が守備範囲を少しずつ広げている途中の姿で、誤りと呼ぶのはためらわれます。年度末のチャットに「佳境です」と書くとき、その二文字に面白さの気配がまだ少し残っていることを知っておく。使うか替えるかは、そのあとで決めればいいのだと思います。

出す前に、さっと校正

「この使い方、合っているかな」と迷ったら、書いた文章をLINTOに貼って校正してみてください。誤字や表記のゆれ、読みにくい言い回しまで、無料でまとめて見直せます。メールを送る前、記事を公開する前、SNSに投稿する前のひと確認に、どうぞお役立てください。

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この記事は「間違えやすい日本語⑧」の一語です。