間違えやすい日本語 / 第17回
「可能性」は悪いことにも使える?「おそれ」との違いと使い分け
「失敗する可能性がある」「雨で中止になる可能性がある」は、どちらも使える表現です。「可能性」は、よい結果だけを表す言葉ではありません。 悪いことに使ったという理由で、「おそれ」に直す必要はありません。
「可能性」は、あることが起こりうる、またはそうでありうることを示します。「おそれ」は、望ましくない結果への心配を含みます。同じ出来事でも、何を伝える文かによって選べます。
「失敗する可能性」と「失敗するおそれ」の違い
デジタル大辞泉の「可能性」には、物事が実現する見込みや、事実がそうである見込みが挙げられています。意味が明るい方向だけに限定されているわけではありません。
十分に準備しても、失敗する可能性はあります。
この文は、失敗という結果も起こりうると述べています。
この手順を省くと、失敗するおそれがあります。
こちらは、その結果を避けてほしいという注意として読めます。『精選版 日本国語大辞典』の「恐れ」にも、悪い結果を予想して心配する意味が示されています。
「可能性の方が確率が低い」「おそれの方が必ず深刻だ」といった区別ではありません。発生する見込みの大きさは、「高い」「低い」や条件などで別に伝えます。
予定変更のお知らせではどちらも使える
イベントの案内なら、次のように書けます。
天候によっては、開催を中止する可能性があります。
開催条件を知らせる文として問題ありません。「中止するおそれがあります」も成り立ちますが、来場者へ運営上の可能な判断を伝えるなら、前者で十分です。
一方、物の取扱説明では「破損するおそれがあります」のように、避けたい結果を明示する書き方が合います。ただし、「破損する可能性があります」と書いた途端に日本語の誤りになるわけではありません。
「可能性を秘める」とは意味を分けて考える
「若い選手の可能性」「無限の可能性を秘める」という場合は、将来伸びていく力や発展性を表しています。こちらの明るい印象から、「可能性はよいことだけ」と感じることがあるかもしれません。
しかし、「中止の可能性」と「選手の可能性」は同じ意味の使い方ではありません。言葉全体を一つの印象で決めず、その文で何を指しているかを見る必要があります。
「明日の開催については、雨が降る可能性があります」だけでは、開催するかどうかは分かりません。「開催の可否は午前8時にお知らせします」と続ければ、参加者が知りたいことまで伝わります。正しい単語を選んだあとにも、案内に必要な情報は残ります。