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LINTO日本語の校正と推敲

間違えやすい日本語 / 第11回

「的を得た指摘」は間違い?「的を射た」と迷ったとき

「的を得た指摘」を、必ず誤りとして直す必要はありません。現在の国語辞典でも判断が分かれています。ただ、これから広く読まれる文章を書くなら、「的を射た指摘」か「要点を捉えた指摘」とすれば、表現の正誤で読み手を立ち止まらせずに済みます。

「得る」が正しくなったから「射る」が古い、という話でもありません。どちらを使うかと、他人の言葉を誤用だと指摘するかは、分けて考えたいところです。

「的を得る」は辞書でも判断が分かれる

2025年9月に文化庁の会議で示された神永曉氏の資料(12ページ)は、『明鏡国語辞典』第3版と『三省堂国語辞典』第8版の説明を対比しています。

前者は「的を得る」を誤りとします。一方、後者は「得る」を、要領などをうまく捉える意味と考え、「的を射る」と並べて扱っています。古い辞書だけが否定していて、今は全ての辞書が認めている、という状況ではないのです。

また、この資料は会議での発表であり、文化庁がどちらかを正解と認定したものではありません。「文化庁公認だから正しい」と説明するのも行き過ぎです。

自分の文章では「的を射た」と書ける

例えば、打ち合わせの記録に次のように書こうとしたとします。

利用者の不便を指摘した意見は、的を得ていた。

「的を射ていた」に替えても、要点をうまく捉えたという評価は保てます。さらに何を捉えたのかを残すなら、「利用者が困っている点を、的確に指摘した意見だった」と書けます。

ただし、ほめたいのが説明の簡潔さなら「簡潔で分かりやすい説明」、根拠の確かさなら「根拠のある指摘」の方が具体的です。「的を射た」は、どんな優れた発言にも付けられる万能のほめ言葉ではありません。

他人の原稿に「的を得る」があったときは、採用する辞書や掲載先の基準を確認してから直せます。理由も「日本語として絶対に誤りだから」ではなく、「今回は『的を射る』に統一するため」と説明すれば、辞書の扱いとも矛盾しません。

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