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LINTO日本語の校正と推敲

間違えやすい日本語 / 第128回

「目に余る」は目立つという意味?人を評するときの強さ

「彼女の活躍は目に余る」と褒めたつもりなら、言い方を変える必要があります。人の言動についての「目に余る」は、程度がひどく、黙って見過ごせないことを表します。 単に目立つ、優れているという意味ではありません。

「目に余る行動」は強い否定になる

「通路をふさぐ行動が目に余る」。邪魔になる程度がひどく、そのままにできないという批判です。「目に余る迷惑行為」「目に余る言いがかり」など、悪い状態の行き過ぎに使われます。

「目に余るほど優秀」「目に余る活躍」と書くと、ほめる語と否定的な慣用句がぶつかります。優れた活躍を伝えたいなら、「目覚ましい活躍」「際立った活躍」「目を見張る活躍」などが意図に合います。

一方、「目に余るほど仕事を抱え込んでいた」という文なら、働きぶりを褒めるより、見過ごせないほど無理をしていたと読めるかもしれません。それでも、「休めないほど仕事が集中していた」と具体化する方が、状況を取り違えられずに済みます。

「目立つ」と「目障り」とも違う

「目立つ」は、周囲よりはっきり見えたり注意を引いたりすることです。よい意味にも悪い意味にも使えます。「鮮やかな服が目立つ」は、問題行動という意味ではありません。

「目障り」は、見ていて邪魔や不快に感じることです。「目に余る」は、その不快感だけでなく、程度がひどく容認できないという評価を示します。個人の好みに合わないだけで「目に余る」と言うと、問題を必要以上に大きく見せる場合があります。

たとえば、会場の装飾が好みに合わないなら「装飾が多く、案内表示を見つけにくかった」と言えます。「目に余る装飾だ」と広く批判するより、困った点が具体的です。

数が多すぎるという意味もある

「目に余る」には、数が多く、一目で見渡せないほどだという意味もあります。大群などを描く文で使われることがありますが、人物の行動を評する日常の用法とは分けて読む必要があります。

そのため、字面から「余るほどたくさんあるなら、よいものにも使える」と考えて、人物への称賛へ広げるのは避けたいところです。「たくさんの成果」を褒めるなら、そのまま「多くの成果を上げた」で伝わります。

小説などで見慣れない使い方があれば、すぐ誤用とせず、どの語を修飾しているかを確かめます。自分が案内や評価を書くときには、意味が迷われにくい言い方を選べます。

注意するときは行動と程度を示す

「あなたの行動は目に余ります」と本人へ言うと、強い叱責になります。何をやめてほしいのかが省かれていると、相手はどの行動について言われているか分からないこともあります。

「説明の途中で大声を出すことが続き、ほかの参加者が話を聞けません。発言は説明の後にお願いします」と伝えれば、行動、影響、求める対応が分かります。強い評価語を使わなくても、必要な注意はできます。

記録に残す場合も、「目に余る態度だった」だけより、「注意後も同じ行動が三回続いた」など、確認できる事実を示すと後から経緯を追えます。回数を正確に把握していないなら、「注意後も繰り返された」と、確認できる範囲で書きます。

「目に余る」は、ただ不快だという感想以上に、見過ごせないという判断を含む言葉です。使う必要がある場合には、何がどのように行き過ぎていたかを添えると、批判の対象がはっきりします。

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