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LINTO日本語の校正と推敲

間違えやすい日本語 / 第127回

「目を見張る」は悪い出来事にも使える?驚きと感心の違い

「目を見張る成長」と言えば、すばらしい伸びを思い浮かべます。では、悪い出来事には使えないのでしょうか。「目を見張る」は、驚きや感心、怒りなどで目を大きく開くことです。 意味の範囲は称賛だけではありませんが、組み合わせによって読み手の受け取り方が変わります。

「目を見張る進歩」は大きな変化への感心

「半年ぶりに演奏を聞き、技術の進歩に目を見張った」。以前を知る人が、変化の大きさに驚き、感心したという文です。「目を見張るほどの上達」と書けば、上達の程度を強められます。

「会場に並んだ作品の細かさに目を見張った」も、見たものへの驚きや感嘆を表します。目を実際に大きく開いたかを測定しているのではなく、強い印象をたとえて述べる使い方です。

ただ、「目を見張る成長があった」とだけでは、何が変わったか分かりません。「以前は途切れていた演奏が、最後まで一定の速さで続いた」など、観察した違いを示すと、感心した理由が読者にも伝わります。

驚きや怒りの意味で使うこともできる

「予想外の知らせに目を見張った」「あまりの言い分に目を見張った」のように、称賛以外の驚きを表す文も成り立ちます。辞書上、怒りによって目を大きく開くことも意味に含まれます。

一方、「目を見張る被害」「目を見張る不正」といった組み合わせは、称賛の文で使われる形に近く、違和感を持たれる場合があります。語義上の範囲が広いからと、どんな名詞とも同じ自然さで結び付くわけではありません。

被害の大きさを述べたいなら「想像を超える被害だった」、ひどい行為に驚いたなら「その行為に驚いた」「目を疑う光景だった」と書けます。何への評価なのかを、読み手が迷わない表現にする方法です。

「目を見張る」と「目を疑う」は焦点が違う

「目を疑う」は、見たことが信じられず、見間違いではないかと思うことです。「展示された絵が、以前見たものと全く違っていて目を疑った」なら、予想との食い違いを強く表せます。

「その絵の細密さに目を見張った」なら、細かさへの強い驚きや感心です。どちらも驚きに使えますが、信じがたさと、目を大きく開くほどの反応という違いがあります。

「目を見張るような価格」と書く場合も、高すぎるのか安すぎるのかが分かりません。「前回より大きく安くなっていて驚いた」と具体化すれば、意外さの方向が明確です。比喩を使うなら、前後で何に驚いたかを示します。

見守る「目を配る」と取り違えない

「参加者に目を見張る」と書いて、注意して様子を見る意味にしようとすると不自然です。「参加者に目を配る」「会場の様子を見守る」が合います。

「見張る」という動詞には、注意して監視する意味もあるため、混ざりやすいところです。「入り口を見張る」と「目を見張る」は同じ構造ではありません。後者は慣用的に、驚きなどで目を大きく開くことを表します。

褒める場面では、「目を見張る成果です」と大きな評価を伝えることができます。ただ、その評価をすべての場面で使うと、どれほど変わったのかが見えにくくなります。以前との違いや、特に優れていた点を一つ添えると、強い言葉が具体的な称賛になります。

感心したのか、信じられなかったのか、注意して見ていたのか。視線に関わる語でも働きは違います。その場で起きた反応に戻して考えると、「目を見張る」を適切な強さで使えます。

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