間違えやすい日本語 / 第112回
「手段を選ばない」は褒め言葉?全力を尽くすとの違い
「成功のためなら手段を選びません」。強い意気込みのつもりでも、不正な方法まで使うのかと警戒されることがあります。「手段を選ばない」は、目的を果たすためなら方法を問わないという言い方です。 「精いっぱい努力する」とは異なり、方法のよしあしを考えない含みが生じます。
「手段」は目的を実現するための方法
「目的を達成する手段を考える」は、そのために何をするかを検討することです。たとえば、多くの人に開催を知らせる目的なら、掲示、案内状、口頭での連絡などが手段になります。
手段を選ぶというと、格好を気にしているように聞こえる場合もありますが、安全性や相手の負担を考えて方法を選ぶことも含まれます。「選ばない」と言い切ると、そのような制約も外すように読めます。
「勝つためには手段を選ばない選手」と紹介すれば、粘り強さより、反則や不公正な行為をいとわない人という印象になり得ます。本当にそうした性質を描写したい文章なら合いますが、努力を褒めたい場合には向いていません。
必死さを表す文脈でも注意が要る
「行方を捜すため、使える手段は何でも使った」という文は、聞き込みや記録の確認など、多くの方法を試した必死さを伝えられます。同じ状況を「手段を選ばなかった」と描写することもありますが、方法への評価は前後の文に委ねられます。
緊急の場面でも、実際には守った条件があるはずです。「関係者へ連絡し、利用できる記録を確認した」のように行動を示せば、読者は何をしたか理解できます。「何でもした」とまとめるより、必死さが具体的に伝わる場合もあります。
したがって、この語が出たら必ず悪事があったと断定するのも早計です。方法を問わない強い姿勢を述べる表現なので、どこまで許容しているのかを文脈から読む必要があります。
意気込みなら別の言い方で伝えられる
正攻法で力を尽くすなら、「できる限りの方法を検討します」「実現に向けて力を尽くします」と言えます。「あらゆる可能性を探ります」も、手段を一つに絞らず検討する意図を伝えます。
ただし、「あらゆる方法を試します」も、文字どおりすべての方法を試せるとは限りません。相手への約束なら、「会場の変更と日程の調整を含めて検討します」と範囲を示す方が誠実です。
自己紹介で「成果のためなら手段を選ばない性格です」と言うより、「一つの方法で難しいときは、別の進め方を考えます」と伝えれば、柔軟さを示せます。諦めないことと、何をしてもよいと考えることを分けられます。
「目的は手段を正当化する」とは別に考える
「手段を選ばない」は、どのように行動するかを述べる表現です。その行動が正当だったと評価する結論までは含みません。目的がよいものなら、途中で何をしても許されるという根拠にもなりません。
身近な例でも、相手を喜ばせるために秘密にしていた予定を勝手に公開すれば、好意と困惑が同時に生じることがあります。「喜ばせたかった」という目的と、行った方法への評価は分けて話せます。
説明するなら「驚かせようと考えていましたが、予定を知らせる前に本人へ確認するべきでした」と書けます。よい目的を示して、方法の問題を覆い隠す文にはしない方が伝わります。
他人を「手段を選ばない人」と評する場合にも、印象だけで決めつけず、どの行為を指しているのかを明確にします。強い人物評価になる語だからこそ、努力、工夫、強引さ、不公正さのどれを言いたいのかを分けて使いたいところです。