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LINTO日本語の校正と推敲

読めそうで読めない漢字 / 第49回

「逡巡」は「しゅんじゅん」。迷って動けない気持ちをどう使う?

「逡巡」は「しゅんじゅん」と読みます。決心がつかず、ためらうことです。「返事をする前に逡巡した」なら、何と答えるか、答えてよいのかと迷い、すぐには返事ができなかった様子を表します。難しい漢字ですが、小説や人物の心情を述べる文章で出会うことがあります。

「逡」と「巡」はためらいに関わる字

「逡」には後退する、しりごみする意味があり、「巡」にはめぐる意味のほか、ためらう意味があります。「巡回」の「巡」だけを思い浮かべると、あちこち歩き回る動作のように見えますが、熟語の「逡巡」では心を決めかねることを表します。

「逡巡する」「逡巡した末に」「逡巡の色を見せる」などの形で使います。「しゅんじゅん」は前半が「しゅん」、後半が濁る「じゅん」です。「瞬間」の「瞬」とは別の字なので、「一瞬迷うことだけ」を意味するわけではありません。

現代の文章で読みやすさを優先するなら「ためらう」と書き換えられる場面も多くあります。ただ、「逡巡」には、判断するまでの心の揺れをやや改まって描く語感があり、人物の迷いを落ち着いて述べる文章になじみます。

「熟慮」と同じように褒めている?

「逡巡」はためらって決めかねること、「熟慮」は十分に考えることです。 二つは同じ場面で起こり得ますが、表している側面が違います。しっかり考えた結果、迷いなく決めることもありますし、考えがまとまらず逡巡することもあります。

「候補を比較して熟慮した末に、古い家を修理すると決めた」なら、判断のために十分な検討をしたという印象です。「修理に踏み切るか逡巡した末に、家を残すと決めた」なら、費用や思い入れの間で揺れた気持ちが前に出ます。

「熟慮した」と書かれている人を、言い換えのつもりで「逡巡した」と紹介すると、決断できずにいたという含みを加えることがあります。反対に「逡巡」をすべて「慎重に考える」と直すと、元の文章が描いたためらいが消えます。字面が似た堅い語でも、評価は同じではありません。

小説だけではない「逡巡する」の例

「招待状を前に、出席すると返事を書くか逡巡した」。久しぶりの人に会う気まずさや、予定を変える負担など、決めきれない事情を表せる文です。理由を後に続ければ、読み手がその迷いをたどれます。

「担当を引き受けるか逡巡しているうちに、別の人に決まった」では、決断に至らない時間が結果につながっています。「一瞬逡巡したが、その場で訂正を申し出た」なら、短いためらいのあとに行動しています。逡巡に必ず長い時間が必要なわけではありません。

「ためらう理由がなかったので、逡巡せず応募した」という否定形も使えます。ただ、簡単な事実を伝える文章なら「すぐに応募した」で足りる場合もあります。「逡巡せず」を使うと、ためらう可能性のあった決断だったことが少し強調されます。

「躊躇」との違いを大きくしすぎない

「躊躇」も、迷って決心できずためらうことです。「返事を躊躇した」「返事をするか逡巡した」は近い内容を表します。辞書でも互いを類語として扱っており、時間の長さや迷いの重さで、いつも明確に区切れる二語ではありません。

「逡巡の末、発言を控えた」と書けば、判断の過程に目が向きます。「発言を躊躇した」は、言い出すことへのためらいを簡潔に伝えやすい形です。ただし、これは例文の作り方による違いも含み、単語だけの絶対的な規則ではありません。

また、「一晩考えた」と分かっているだけなら、それを「一晩逡巡した」と書いてよいとは限りません。落ち着いて資料を比較していたのか、迷い続けていたのかは別です。人の心情を描く言葉だからこそ、実際に分かっている気持ちや様子に合わせて使うと、文章の精度が上がります。

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