推敲の順番|大きいところから直すと文章は速く伝わる
推敲という言葉は、唐の詩人、賈島の故事から来ています。「僧は推す月下の門」と作ったあとで、「推す」を「敲く」にすべきか迷い続け、行き会った韓愈に相談したところ、「敲」がよいと言われた。この話が、文章の字句を練り直すことを指す「推敲」のもとになりました。一字をめぐる話です。
ただ、お店のお知らせや仕事のメールを見直すときに、一字から始めるのはおすすめしません。賈島は詩の一字で迷えましたが、お知らせで最初に迷うべきなのは、休業日をどこに置くかです。
焼き菓子店「ひだまり」の店主が書いたお知らせで考えてみます。
いつもひだまりの焼き菓子をご利用いただきありがとうございます。今月は仕入れの都合で新作の販売を見合わせており、店内の改装も少しずつ進めております。なお、6月10日(火)と11日(水)は、設備の入れ替えのため臨時休業をいただきます。
受け取ったお客さんがいちばん知りたいのは、いつ閉まるのかです。その休業日が、お礼と新作と改装の話を抜けた先、「なお」のあとまで出てきません。近況をひととおり読んでから、自分に関係する一行を探して戻ることになります。
書いた直後の店主には、これが見えません。中身も流れも頭の中でつながっているので、どこで引っかかるのかが分からない。推敲とは、書いたあとの自分ではなく、初めて読む人になって読み直す作業です。 一晩置いてから読むのがいちばん確実で、それができないときは、画面から紙に印刷する、スマートフォンで開き直す、声に出して読むなど、読む条件を変えるだけでも別人の目に少し近づきます。出版の校正に、原稿と照らし合わせずにゲラを一人の読者として通して読む「素読み」という工程があるのも、同じ理由からだと思います。
言葉より先に、用件の置き場所
読み直すと、つい目に入った言い回しや読点から手をつけたくなります。さきほどのお知らせを、言い回しと読点だけ直してみます。
今月は仕入れの都合により新作の販売を見合わせております。店内の改装も、少しずつ進めております。なお、6月10日(火)と11日(水)は、設備の入れ替えのため臨時休業をいただきます。
「都合で」を「都合により」にし、長い一文を切って読点を足しました。一文ずつは少し整って見えます。それでも休業日は、相変わらず「なお」の先にあります。文の表面をなでても、用件が後ろにあるという読みにくさには手が届きません。
この文章で相手にいちばん渡したいことを一つ決め、それが先に届く並びになっているかを確かめます。渡したいのは休業日です。
いつもひだまりの焼き菓子をご利用いただきありがとうございます。6月10日(火)と11日(水)は、設備の入れ替えのため臨時休業をいただきます。今月は仕入れの都合で新作の販売を見合わせており、店内の改装も少しずつ進めております。
お礼の一文はあいさつとして残し、休業日の文をそのすぐあとへ出し、新作と改装の近況は背景として後ろへ送りました。述語も「いただきます」のまま。お客さんは最初の二文で休業日を受け取れます。
大きい層から小さい層へ
直す順番は、用件の並び、段落のまとまり、一文の中、という大きい層から小さい層へ進めます。小さい層から先に直すと、磨いた一文ごと並べ替えることになり、かけた時間がむだになります。 さきほども、言い回しを整えた一文を、結局あとから動かしました。先に休業日を前へ出しておけば、近況の言葉を直すのはそのあとでかまいません。
実際には、一度の読み直しで全部の層を見ようとすると、目が言葉に吸い寄せられます。それなら三回に分けて読むほうが楽です。一回目は、用件がどこにあるかだけを見る。二回目は、段落ごとに中心が一つか、順番が変だと感じるところはないかを見る。三回目にようやく、一文の長さ、助詞、読点、言い回しに入ります。三回も読むのは手間に聞こえますが、短いお知らせなら数分で終わりますし、一回で全部見ようとして二度書き直すより早く済みます。
並びそのものが原因のときは、接続語のつけ替えでは届きません。「なお」を「また」に替えても、休業日が後ろにあることは変わりません。つなぎ言葉は文と文の関係を見せる目印で、用件の並びを作り直す道具ではないので、語ではなく文の位置を動かします。
一文を直したら、前後を読み直す
用件の並びと段落が決まったら、最後に一文の中へ入ります。見落としやすいのは、一文を直したあと、その前後とのつながりが変わることです。ひだまりのブログの一段落で見てみます。
焼き上がりの時間に合わせて来てくださるお客さまが増えたので、平日は午後2時ごろにもう一度クッキーを焼くことにしました。週末は混み合うため、こちらは今までどおり朝の一度だけになります。
前半の一文が長いので、二つに分けて軽くします。ところが分けたあと、次の文の「こちらは」が何を指すのか、平日の話か週末の話か、一瞬あいまいになりました。
焼き上がりの時間に合わせて来てくださるお客さまが増えました。そこで平日は、午後2時ごろにもう一度クッキーを焼くことにしました。週末の焼き上がりは、混み合うため今までどおり朝の一度だけになります。
長い一文を「お客さまが増えた」「だから午後にもう一度焼く」の二文に分け、そのうえで指す先がぶれないよう、「こちらは」を「週末の焼き上がりは」に置き換えました。一文を直した結果、となりの文に新しい引っかかりが生まれることがあるので、手を入れた一文はその前後とあわせて読み直します。
必要な直しと、好みの直し
どこを直すかにも線引きがあります。直す価値があるのは、読んだ人の行動に関わる場所です。
焼き菓子の詰め合わせは、なるべく早めにご予約ください。
「なるべく早めに」は、読む人によって今日とも一週間後とも受け取れます。いつまでに動けばいいのかを自分で見積もることになり、予約が遅れるもとです。「お渡し日の3日前までにご予約ください」と直します。一方、「ご予約ください、焼き菓子の詰め合わせは」と語順を入れ替えても、読んだ人の行動は変わりません。直すのは行動に関わる場所で、語順や語尾の好みは読みやすさを変えません。
推敲には逆の落とし穴もあります。短くきれいにしようとするあまり、相手に渡したかった具体まで削ってしまうことです。
焼き菓子は卵とバターを使わずに作っているので、卵や乳製品が苦手な方にも選んでいただけます。
これを「体にやさしい材料で作っているので、いろいろな方に選んでいただけます」と縮めると、軽く読めそうに見えます。けれど「卵とバターを使わず」「卵や乳製品が苦手な方」という、買うかどうかを判断できる手がかりが、「体にやさしい」「いろいろな方」に薄まりました。読みやすくなったのではなく、必要な具体が削れた状態です。削る前に、その情報が相手の判断に要るかを確かめ、要るなら残します。
この連載では、一文の長さから始めて、主語と述語の距離、係り受け、入れ子、並列、段落、書き出し、具体例と、読んでいる人が止まる場所を一つずつ見てきました。推敲は、それらをまとめて見直す最後の工程です。ひだまりの店主なら、書き上げたお知らせを翌朝もう一度、お客さんとして読んでみる。休業日が最初に目に入れば、あとは一字の迷いを楽しんでかまいません。文章力編はこの回でおしまいです。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
出す前に、さっと校正
「この使い方、合っているかな」と迷ったら、書いた文章をLINTOに貼って校正してみてください。誤字や表記のゆれ、読みにくい言い回しまで、無料でまとめて見直せます。メールを送る前、記事を公開する前、SNSに投稿する前のひと確認に、どうぞお役立てください。
この連載の記事
- 前の回:具体例・数字・エピソードで伝える
- 文章力編の入口:わかりにくい文章の特徴と直し方
- これで文章力編(全20回)は完結です。LINTOコラムの一覧はこちら。