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LINTO日本語の校正と推敲

間違えやすい日本語 / 第102回

「やたら」と「むやみ」は同じ?多すぎることと無分別なこと

「今日はやたらと眠い」「むやみに約束しない方がいい」。どちらも程度や行動の行き過ぎに関わる表現ですが、同じ意味だけを持つわけではありません。「やたら」は理由や節度なく繰り返す様子、「むやみ」は結果や是非を考えずにする様子を表します。 程度が甚だしいという意味では重なることもあります。

「やたらと多い」は普段との違いを感じている

「この道はやたらと信号が多い」。信号の正確な数を示すというより、予想より多く、何度も止まると感じている文です。「今日はやたらと電話が鳴る」「最近、その名前をやたらと見かける」も、頻度の多さが印象に残っていることを表します。

「やたらに褒める」と言うと、褒める回数が多いだけでなく、十分な理由もなく褒めているような評価が加わることがあります。「よく褒めてくれる」と比べると、受け取る印象が違います。

事実として回数を伝えたいだけなら、「午前中に五回電話がありました」のように書けます。「やたら」は会話や感想では使いやすい一方、回数を正確に知らせる語ではありません。

「むやみに」は後先を考えない行動に向く

「詳しい事情を知らないまま、むやみに約束しない」。相手を助けたい気持ちがあっても、引き受けられるか確かめずに約束すると困るという話です。約束の回数が一回であっても、考えずにした行動なら使えます。

「分からないまま、むやみに設定を変えない」「相手が望んでいるか確かめず、むやみに助言しない」も同様です。量より、行動の判断に焦点があります。

ただし、「むやみに時間がかかる」「むやみに広い」のように、程度の大きさを表す使い方もあります。「むやみ」は行動だけ、「やたら」は回数だけという厳格な分担ではありません。二語を辞書どおりの一対一の表に押し込めない方が、実際の文を読めます。

「やたらむやみ」は二つを重ねて強める

「やたらむやみに触らないでください」のように、二語を重ねることもあります。むやみやたらという順序でも、考えなしに次々と行うことを強く制する表現として使われます。

この言い方自体を、同じ意味が重なった誤りとして直す必要はありません。ただ、案内としては、何をしてはいけないのかが分からないことがあります。触ってよい物といけない物があるなら、「展示品には触れず、手前の見本をご利用ください」と示せます。

「むやみに連絡しないで」と言われた相手は、必要な連絡までためらうかもしれません。「変更点をまとめて、一日一回知らせてください」のように、望む頻度を伝える方法があります。行き過ぎを指摘する語を、具体的な基準の代わりに使いすぎないことが大切です。

「無性に」は強い気持ちが湧く場合に使う

「昔の友人に無性に会いたくなった」は、理由をうまく説明できなくても、強く会いたい気持ちが湧いたという意味です。「むやみに会いたくなった」と替えると、同じ自然さでは伝わりません。

「やたらと甘い物が食べたくなる」なら、そう思う頻度や程度の多さが目立ちます。「無性に甘い物が食べたい」なら、その時の欲求の強さに焦点があります。どちらが医学的に何を意味するかといった説明ではなく、気持ちの言い表し方の違いです。

人の行動を評するとき、「やたら質問する人」と「熱心に質問する人」でも評価は変わります。質問が多くて困ったのか、理解しようとする姿を褒めたいのか。回数や強さだけでなく、自分が加えている評価まで確かめると、意図に合う言葉を選べます。

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