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LINTO日本語の校正と推敲

間違えやすい日本語 / 第115回

「どんぐりの背比べ」は褒め言葉?実力が並ぶ人たちに使う前に

「どの作品もどんぐりの背比べで、選ぶのに迷いました」。同じくらい優れていると褒めたつもりなら、別の言い方を選んだ方がよいでしょう。「どんぐりの背比べ」は、どれも平凡で、特に抜きん出たものがないというたとえです。 差が小さいことだけでなく、低く見る評価も含みます。

差がないからといって褒め言葉にはならない

「各案はどんぐりの背比べだ」と評すると、どれにも際立ったよさがない、どれを選んでも大差ないという響きになります。優秀な案が並んで選べないという意味には向きません。

「参加者の実力はどんぐりの背比べでした」と書く場合も、実力が接近していると伝えるだけではなく、全体に高く評価していないように読まれます。本人たちへ送る感想なら、意図しない低評価になっていないか確かめたいところです。

語の由来となるどんぐり自体に優劣がないから、表現も中立になるというわけではありません。慣用句としてどんな意味で使われるかを基準に選びます。

高い水準で並ぶなら「甲乙を付けがたい」

「どちらもよくできていて、甲乙を付けがたい」は、優劣を付けにくいという意味です。優れたもの同士を比べる場面によく合います。「実力が拮抗している」なら、力が近く、どちらかが簡単に上回らないことを伝えられます。

単に差が小さいなら、「三案の費用はほぼ同じです」「得点差はわずかでした」のように、比較した項目を直接書けます。全体を褒めたりけなしたりせず、確認できた違いを伝える方法です。

「それぞれによさがある」は、同じ水準だという意味とは限りません。見た目はA、使い勝手はBの方がよいなど、評価する点が分かれる場合に向きます。選べない理由が差の小ささなのか、よさの違いなのかを考えると、言い換えが決まります。

「五十歩百歩」とは何が違う?

「五十歩百歩」は、多少の違いはあっても本質的には同じだという表現です。「どんぐりの背比べ」は、並べて比べても特に優れたものがないことに焦点があります。どちらも、素直な称賛には使いにくい語です。

たとえば、手順を守らなかった二人が、どちらの方がましかと言い争っているなら、「必要な確認を省いた点では五十歩百歩だ」と言えます。複数の企画案を見て、いずれも特徴に乏しいと評するなら、「どんぐりの背比べ」が合うことがあります。

ただ、実際の文章では意味が重なる場合もあります。違いを暗記して一つだけを正解にするより、何を低く評価している表現かを読み取る方が重要です。

作品を評価するなら差のない理由を説明する

「どれもどんぐりの背比べ」と言うだけでは、作った人は改善点を見つけられません。「どの案も、開催日時と場所を並べているだけで、参加するよさが伝わりにくい」と書けば、共通する問題が具体的になります。

そのうえで、「初心者でも参加できる点を前に出す」「当日の体験を一つ紹介する」など、変えられる場所を示せます。違いが目立たないことを、その人の能力全体の問題へ広げる必要はありません。

自分の感想でも、「よさを判断する材料が足りなかった」だけなのに、作品自体が平凡だと決めつけていないかは考えたいところです。専門知識や評価基準がないため、差を見分けられない場合もあります。「自分には違いを判断できませんでした」と書く方が正確なこともあります。

高い水準で競っているのか、同じような欠点があるのか、それとも違いが分からないのか。すべてを「どんぐりの背比べ」にまとめず、比べた中身に合う言葉を選ぶと、評価が意図どおりに伝わります。

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