正しい敬語 / 第73回
「召し上がってください」は命令になる?食事を勧めるときの敬語
「召し上がってください」は、食事や飲み物を勧めるときに使える敬語です。上司や来客に言っても、それだけで失礼になるわけではありません。料理を用意した側なら、「どうぞ召し上がってください」と自然に勧められます。
ただし、誰が食事を勧める立場にいるか、相手が断れるかは別の問題です。敬語が正しくても、「遠慮せず全部召し上がってください」と食べる量まで決めると、負担になることがあります。
「食べる」にも「飲む」にも使える
「召し上がる」は、相手が食べたり飲んだりする行為を丁寧に述べる言葉です。
お茶をお持ちしました。どうぞ召し上がってください。
お茶なので「召し上がる」は誤り、ということはありません。「どうぞお飲みください」も使えます。料理なら「温かいうちに、どうぞ召し上がってください」と勧められます。
一方、自分が食べるときに「では、召し上がります」とは言いません。「いただきます」「先にいただいてもよろしいですか」と、自分側の行為に合う表現を選びます。相手に食べてもらう場面で「いただいてください」と言うより、「お召し上がりください」「召し上がってください」の方が関係を取り違えません。
「お召し上がりください」も広く使われる形
「召し上がる」自体が尊敬語なので、「お召し上がりになる」には敬語の重なりがあります。ただし、この形は慣用として定着したものとして扱われています。「お」があるという理由だけで、誤りだと直す必要はありません。
それでも、丁寧さを増そうと「お召し上がりになられてください」まで長くする必要はありません。「どうぞ召し上がってください」で、勧める目的は果たせます。
案内文なら「こちらの菓子は、そのままお召し上がりいただけます」と書けます。これは食べ方についての説明です。「ぜひお召し上がりください」と勧める文とは、伝えている内容が違います。
飲み物を勧めた後に相手が手を付けなくても、「冷めてしまいますよ」と何度も促さなくて構いません。話を終えてから飲みたいなど、こちらには分からない事情もあります。「どうぞ」と一度勧めた後は、相手のタイミングに任せられます。
招かれた側が先に勧めると不自然なことも
客として招かれた会で、主催者を差し置いて全員に「どうぞ召し上がってください」と言うと、進行する役を引き受けたように聞こえます。言葉の形ではなく、誰がその場を案内しているかが関わります。
主催者がまだ挨拶しているなら、料理が運ばれたからといって、こちらから始めるように促す必要はありません。自分だけ先に食べてよいか知りたいなら、次のように尋ねられます。
先にいただいてもよろしいでしょうか。
逆に、主催者から料理を勧める役を頼まれているなら、「お料理がそろいましたので、どうぞ召し上がってください」と案内できます。敬語の形と、その場で勧める立場にあるかを分けて考えます。
断られたら食べない選択を尊重する
「ありがとうございます。今は控えています」と言われたとき、何度も「召し上がってください」と勧めると、丁寧な表現が圧力になってしまいます。
承知しました。お飲み物だけでも必要でしたら、お知らせください。
この返事なら、断った理由を詳しく聞き出さずに済みます。別の品を用意できない場合は、無理に代案を出さず「どうぞお気遣いなく」と受け止められます。
勧められた側も、「お気持ちありがとうございます。先ほど食事を済ませたので、お茶だけいただきます」と、自分が受けられる範囲を伝えられます。「食べられない」とだけ答えるより、申し出へのお礼と希望が分かる返事になります。