正しい敬語 / 第72回
「お座りください」は失礼?来客に席を勧める自然な敬語
「お座りください」は、座るように勧める丁寧な表現です。人に使ってはいけない言葉ではありません。ただ、椅子のある応接室で来客を迎えるなら、「どうぞお掛けください」が使いやすい言い方です。
犬への指示で使う「お座り」を連想して、あらゆる「お座りください」を禁止する必要はありません。椅子なのか畳なのか、個人に勧めるのか会場全体に案内するのかで、自然な言い方を選べます。
椅子を勧めるなら「お掛けください」
どうぞ、こちらの椅子にお掛けください。担当者が参りますので、少々お待ちいただけますか。
「掛ける」は、椅子などに腰を下ろすことを表します。座る場所を手で示すだけでなく「こちらの椅子に」と添えると、どの席を使ってよいのかがはっきりします。
「お掛けになってください」も使える形ですが、来客への短い声かけなら「どうぞお掛けください」で十分です。「お掛けになられてください」と重ねる必要はありません。
席の位置が決まっていないなら、「空いているお席にお掛けください」と案内できます。荷物用の椅子と区別したい場合は、「お荷物はこちらに置いていただけます」と続ければ、座る前の迷いも減らせます。
座敷では「お座りください」が自然なことも
椅子のない和室で「お掛けください」と言うと、腰掛ける場所を探してしまうかもしれません。
どうぞ、こちらの座布団にお座りください。足は楽になさってください。
この場面では「お座りください」が場所と動作に合っています。「座ってください」に「お」を付ければ何でも尊敬語になる、という一般化はできませんが、この表現自体を動物向けだと決め付けるのも適切ではありません。
相手が椅子の利用を希望した場合は、座り方を重ねて勧めるより「椅子をご用意します。少々お待ちください」と応じられます。丁寧な言葉でも、同じ姿勢を無理に求めれば配慮とは離れてしまいます。
座る動作を丁寧に言うことに加え、どこに座ればよいかを伝えると、案内として役立ちます。
会場全体には「ご着席ください」
式典や説明会の開始前なら、「皆様、ご着席ください」が簡潔です。個別の接客よりも、全体への進行案内に合う表現です。
まもなく説明会を始めます。お席を確保されている方は、ご着席をお願いいたします。
まだ席が見つからない人がいる会場で、単に「ご着席ください」を繰り返しても解決しません。「前方にも空席がございます。係員がご案内します」と、座れる場所を知らせられます。
一方、小さな応接室で一人の来客に「ご着席願います」と言うと、進行に従ってもらう調子が強く出る場合があります。失礼な形というわけではありませんが、くつろいで待ってもらう場なら「どうぞお掛けください」の方が場面に合います。
席を移ってもらうときは理由を添える
いったん座った人に移動を頼むときは、着席を勧めるだけの場合より手間が増えます。
恐れ入ります。こちらは通路を確保する必要があるため、隣のお席へお移りいただけますか。
こう言えば、相手の座り方を責めずに、移動が必要な理由を伝えられます。受付側が間違った席を案内したなら、「こちらのご案内が誤っておりました。申し訳ありません」と先に説明します。
移ってもらった後は「ありがとうございます。こちらでお待ちください」と案内を終えられます。「こちらへお願いします」だけで何度も移動を求めるより、最初に場所と事情を示す方が、相手も落ち着いて座れます。