「情けは人のためならず」の本当の意味|分かれ目は「ならず」の四文字
「一度ならず二度までも」という言い回しがあります。この「一度ならず」は「一度ではなく」という意味で、「一度にならず」と読む人はいません。「情けは人のためならず」の「ならず」も、これと同じです。
それなのに、こちらは「〜にならない」と読まれがちです。「情けをかけることは、その人のためにならない」。甘やかすな、突き放せ、という戒めに聞こえます。実際、その意味で覚えている人は少なくありません。文化庁の調査では、本来の意味を選んだ人と「その人のためにならない」を選んだ人がほぼ半々に割れました(文化庁 平成12年度「国語に関する世論調査」)。
「ならず」は「〜ではない」
文語の「ならず」は、断定の「なり」に打消しの「ず」が付いた形で、「〜ではない」を表します。「〜にならない」と言いたいなら「人のためにならず」と「に」が入るはずで、このことわざには、その「に」がありません。
読み下すと、「情けは、人のためのものではない」。では誰のためか。自分のためです。人にかけた情けは、巡り巡って、いつか自分に返ってくる。だから出し惜しみせず、人には親切にしておきなさい。戒めどころか、親切のすすめです。「巡り巡って己が身のため」という下の句を添えて伝わることもあり、そこまで聞けば取り違えようがありません。
手を貸さない理由に使われてしまう
「情けは人のためならずと言うから、あえて手を貸さなかった」。この一文は、誤解の側に立っています。もとの意味なら、このことわざは手を貸す理由にこそなれ、貸さない理由にはなりません。後輩を突き放すことが成長につながる、と言いたいのなら、「かわいい子には旅をさせよ」がその役目のことわざです。親切が裏目に出た、と言いたいときには「情けが仇になる」という言い方が別にあります。
なぜ「ためにならない」の読みがこれほど広まったのか。推測になりますが、現代語では「ため」のあとに「ならない」が続く形、「ためにならない」「身のためにならない」をふだんから聞き慣れているので、「ためならず」を見た瞬間にその形が頭に浮かぶのだと思います。しかも、情けをかけすぎると人は甘える、という感覚そのものはたしかにあって、読み替えた意味にも一応の筋が通ってしまう。筋の通る誤解ほど、直りにくいものです。
そのせいで、このことわざは文章の中で使いにくくなっています。読む人の半分が逆に取る言葉なので、「情けは人のためならずと言いますから」と書いただけでは、励ましたつもりが、冷たい人だと思われるかもしれません。使うなら「巡り巡って自分に返ってきますから」と一言添えておくと、どちらの読みで覚えている人にも、意図したとおりに届きます。
損得の話に見えるけれど
見返りのために親切にせよ、という損得の教えかというと、少し違う気がします。困っている人を助けておけば、その善意はどこかで世の中を巡って、いつか思わぬ形で自分を助ける。人と人とはそうやってつながっているのだから、安心して親切にしなさい。そういう、世の中への信頼が根にあることわざだと読むほうが、しっくりきます。
もちろん、ことわざ自体は「返ってくる」としか言っていないので、どこまで信頼の話として読むかは、人によって分かれるところでしょう。ただ、仕事帰りに後輩へ手を貸すかどうか迷ったとき、ふと思い出す言葉としては、突き放す理由より、手を貸す理由のほうが似合います。
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この記事は「間違えやすい日本語⑤」の一語です。