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「他山の石」の意味と使い方|手本ではなく「よその山の粗い石」

「他山の石、以て玉を攻むべし」。三千年ちかく前の中国の詩集「詩経」、その小雅「鶴鳴」という詩にある一節で、「他山の石」はここから生まれました。「攻」は攻撃の字ですが、ここでは「みがく」と読みます。よその山から出た粗い石でも、自分の玉を磨く砥石には使える。そういう意味です。

玉ではなく、石のほう

この由来を知っていると、言葉の向きがはっきりします。磨かれるのは自分の玉で、よその山から来るのは、あくまで粗い石です。そこから「他山の石」は、他人の誤った言行やつまらない出来事も、自分を磨く助けになるというたとえになりました。学ぶ材料は、立派なお手本よりもむしろ、失敗や欠点です。「他人の良い言行を手本にする」意味で使うのは誤り、と注記を添えている辞書もあります。

「同業他社の炎上を他山の石として、うちの発信も見直そう」。これがもとの形です。よその失敗を、自分の身を正す材料にする。使われるときの形は「他山の石とする」「他山の石として」がほとんどで、「他山の石にする」も見かけます。逆に、自分の失敗について「これを他山の石に」と言うのは変です。自分のことは、よその山ではないからです。

「部長の仕事ぶりを他山の石に」が、まずい理由

ところが実際には、「他人の良い言行を手本にする」という意味で使う人が少なくありません。文化庁の調査でも「手本」の意味で受け取る人が一定数おり、若い世代ほどその受け取り方が目立つという結果が出ています。

厄介なのは、褒めたつもりで失礼になる点です。「部長の丁寧な仕事ぶりを他山の石として、私も頑張ります」。送った本人は感謝と敬意のつもりでしょう。けれど言葉の上では、部長の仕事ぶりを「よその山の粗い石」、磨き砂の側に置いています。お手本どころか反対の扱いで、意味を知っている部長なら、黙って苦笑いするかもしれません。

良い行いから学ぶなら、お手本にする、見習う、模範とする。まっすぐこう言うほうが、気持ちもそのまま伝わります。そもそも目上の人に向けて「他山の石」を使う場面は、ほとんどないと考えてよさそうです。相手の失敗を「石」と呼ぶのもやはり失礼になるので、使うなら、よその会社やニュースで見た出来事のように、少し距離のあるものに向けるのが落ち着きます。

「反面教師」との距離

悪い例から学ぶ言葉としては「反面教師」もあります。意味は近いのですが、反面教師は「ああはなるまい」と対象をはっきり否定する、強めの言い方です。他山の石は、よその出来事を自分の磨き砂にするという、控えめで自省的な言葉。人前で誰かの失敗に触れるなら、他山の石のほうが角が立ちません。「あの会社の対応を反面教師にしよう」と言えば、あの会社はだめだったと言い切ったことになり、「他山の石としよう」なら、うちも気をつけよう、くらいに収まります。もっとも、この違いは辞書の定義というより語感の話なので、迷ったら「教訓にする」と言っておけば、どちらの色もつきません。

同じ詩集から来た「切磋琢磨」

ついでに、玉を磨く話をもう一つ。「切磋琢磨」も「詩経」に由来する言葉で、骨や玉を切り、磋り、琢ち、磨く、という加工の工程を並べたものです。こちらは仲間同士で励まし合って腕を磨くという前向きな意味で、「他山の石」のような落とし穴はありません。三千年前の人たちが、人が学ぶことを玉の加工にたとえていた。その名残りが、二つの言葉に残っています。

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この記事は「間違えやすい日本語⑤」の一語です。