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LINTO日本語の校正と推敲

読めそうで読めない漢字 / 第76回

「夥しい」は何と読む?「多い」では足りないときの言葉

「夥しい」は「おびただしい」と読みます。数や量が非常に多いことです。「夥しい数の手紙が届いた」なら、普通の「多い」では言い足りないほど、手紙の量に圧倒された様子が伝わります。字に「多」が含まれているのが、意味を覚える手がかりになります。

「たくさん」より強い多さを表す

「夥しい」は、数や量が普通の程度を大きく超えて多いことを表します。 「棚には多くの本がある」より、「棚には夥しい数の本がある」のほうが、数の多さが強く印象づけられます。

ただし、何個以上なら夥しいという数値の基準があるわけではありません。小さな机に積まれた百通の手紙を夥しいと感じることもあれば、大きな会場の百人をそうは表さないこともあります。対象や場所、書き手の受け止め方によって強さが変わります。

「夥しい資料を調べた」と書けば、多くの資料を扱ったことは伝わりますが、具体的な量は分かりません。調査の規模を正確に示す必要がある文なら、確認した冊数や期間を添えられます。印象を表す言葉と、実数を伝える言葉は役割が違います。

悪いことにだけ使う言葉ではない

「夥しいごみ」「夥しい被害」といった表現から、悪いものにしか使わないと思うかもしれません。しかし、数量の多さを表す場合は、対象が悪いものに限られません。「夜空に夥しい数の星が見える」「展示室に夥しい作品が並ぶ」も使えます。

「祭りの日には夥しい人が集まった」では、人が悪いのではなく、集まった数の多さに驚いています。ただ、来場者へ直接お礼を言うなら「多くの方にお越しいただきました」のほうが、相手を量のかたまりのように扱わず、自然に感謝を伝えられます。

「夥しい贈り物をありがとう」と言うと、感謝より量への驚きや持て余しが目立つ場合があります。使えるかどうかだけでなく、受け手にどんな印象が残るかを考えると、適した場面が見えてきます。

「失礼なこと夥しい」は数えている?

「失礼なこと夥しい」「騒がしいこと夥しい」のような形では、数や量ではなく程度の甚だしさを表します。「失礼なことが何件もある」と数えているわけではなく、非常に失礼だという強い評価です。

この形は、悪いことを強く言う場面になじみます。「だらしないこと夥しい」と書けば、かなり強い批判になります。日常の不満を軽く伝えるつもりで使うと、相手を激しく責めたように響くことがあります。

「おびただしい数」という数量の用法と、「何々なことおびただしい」という程度の用法を分けると、「悪いことだけに使う」という説明が狭すぎる理由も分かります。同じ語でも、文の形によって使いやすい対象が変わります。

「豊富」「膨大」との使い分け

「豊富」は、十分に多く、豊かであることです。「豊富な資料がある」は、使える資料がそろっているという肯定的な印象です。「夥しい資料がある」は、その多さに圧倒される感じが前に出ます。多いことを利点として紹介したいなら、豊富が合う場合があります。

「膨大」は、数や量、規模が非常に大きいことです。「膨大な資料を整理する」は一般的な表現で、夥しいと重なる場面もあります。「夥しい」は目の前の多さへの驚きを描く文章に、「膨大」は作業量や規模を述べる文章にもなじみますが、厳密に分業されているわけではありません。

「机の上には夥しいメモが散らばっていた」と書いたあとに、「同じ日付の紙だけでも何枚も重なっている」と続ければ、量の印象が具体化します。強い形容を一つ足すだけでなく、どのように多かったのかが見える描写を添えると、「おびただしい」という語が読み手にも実感できるものになります。

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