「失笑」の意味と使い方|あきれるのではなく「思わず笑ってしまう」
「失」という字には、二つの顔があります。「失望」「失格」「失念」の「失」は、なくすこと、だめになること。いっぽう「失言」「失火」の「失」は、言ってはいけないことが口から出る、不注意で火が出るというように、抑えておくべきものがうっかり外へ出てしまうことを言っています。「失笑」の「失」は、後者の仲間です。
失われるのは、こらえのほう
字面だけを見ると「笑いを失う」と読めるので、あきれ果てて笑う気も起きない、冷ややかに白けている、という場面を思い浮かべる人は少なくないでしょう。けれど辞書が先に置いている説明は、その反対に近いものです。笑ってはいけない場面で、おかしさをこらえきれずに吹き出してしまうこと。笑いは消えていません。漏れています。
朝礼で部長が新商品の名前を三回続けて言い間違え、列のうしろのほうで誰かが肩を震わせる。あの、出してはいけないのに出てしまった笑いが失笑です。場は白けているどころか、少しゆるんでいます。
「失笑を買う」で笑っているのは誰か
「彼の提案は失笑を買った」という言い方があります。おかしな言動のせいで笑われてしまう、という用法で、ここでも周囲は実際に笑っています。あきれは混じっているでしょうが、笑いも出ないほどではない。
よく似た形の「ひんしゅくを買う」は眉をひそめられることで、こちらに笑いはありません。この二つが混ざって、「失笑を買う」にも冷たい沈黙の印象がかぶさっていったのだと思います。それに加えて、ふだん目にする「失」は「失望」「失敗」のようにだめになる方向のものが圧倒的に多いので、字面がそちらへ引っぱった力も大きかったはずです。文化庁の調査でも、「失笑する」を本来と違う「笑いも出ないくらいあきれる」の意味で受け取る人が多いという結果が出ています(文化庁 平成23年度「国語に関する世論調査」)。
苦笑、冷笑、嘲笑との線引き
笑いの言葉はほかにもあって、並べてみると失笑の居場所がはっきりします。「苦笑」は、困ったり気まずかったりして、にがにがしく笑うこと。笑っている本人が居心地の悪さを感じています。「冷笑」「嘲笑」は相手を見下して笑うことで、笑いに冷たさや悪意がのっています。
失笑には、そのどちらの含みもありません。見下しているわけでも気まずいわけでもなく、ただおかしくて、こらえが利かなかった。笑いの中では、いちばん罪のない部類でしょう。「失笑を買う」と書いたときに漂う、笑われる側のみじめさは、笑う人の悪意からというより、笑ってはいけない場面でつい笑われてしまった、という状況から出てきます。
どちらの意味で読まれるか
「その発言に、会議室は失笑に包まれた」と書いたとします。書いた人は「思わず笑いが起きた」つもりでも、受け取った側の多くは「あきれ返って白けた」と読むかもしれません。文としては正しいのに、伝わる情景が反対になりかねないのが、この言葉のやっかいなところです。
はっきり伝えたいなら、笑いが起きたなら「思わず吹き出した」「笑いが漏れた」、あきれたなら「白けた」「あきれられた」と、起きたことをそのまま書くほうがよさそうです。失笑を使うなら、小説や随筆のように、どちらに読まれても文章が壊れない場所で。意味を正しく知っていても、議事録や報告書に持ち込む言葉ではない、という気がします。あの朝礼の、肩を震わせていた人は、ちゃんと笑っていました。
出す前に、さっと校正
「この使い方、合っているかな」と迷ったら、書いた文章をLINTOに貼って校正してみてください。誤字や表記のゆれ、読みにくい言い回しまで、無料でまとめて見直せます。メールを送る前、記事を公開する前、SNSに投稿する前のひと確認に、どうぞお役立てください。
あわせて読みたい
この記事は「間違えやすい日本語④」の一語です。