間違えやすい日本語 / 第81回
「推測」と「憶測」は同じ?根拠のある予想まで悪く言っていない?
「推測でもいいので教えてください」と「憶測でもいいので教えてください」。どちらも確定していない話を求めていますが、同じ聞き方ではありません。「推測」は何かを手掛かりに考えること。「憶測」は、確かな根拠がないまま推し量ることです。 まだ確認できていない話を、すべて「憶測」と呼ぶ必要はありません。
「推測」は根拠のある考えでも確定ではない
たとえば、会場の入り口に長い列ができています。「列の長さから、開場まで時間がかかると推測した」なら、目にした状況が判断の材料になっています。実際には別の列だった可能性もあり、推測したことと事実であることは別です。
「過去の参加人数から、今回も百人ほど集まると推測しています」も自然です。人数の予想には材料がある一方、参加者が百人に決まったわけではありません。案内や報告では「百人が参加します」と確定した形にせず、見込みだと分かる文にします。
ただし、「推測」という語を付けただけで、根拠のある説明になるわけでもありません。「推測ですが、あの人は不満を持っているのでしょう」と書くなら、そう考えた理由は何かを見直したいところです。
「憶測」と呼ぶと根拠の弱さを指摘する
「本人に確認せず、欠席の理由について憶測が広まった」。この文では、確かめられていない理由を人々が想像していることが問題になっています。「憶測」は「臆測」とも書きますが、字を替えても意味の中心は変わりません。
相手の説明に対して「それは憶測でしょう」と言えば、内容が未確認だと述べるだけでなく、判断の根拠が弱いと退ける響きがあります。資料を使って丁寧に見積もった相手に、単に結論が確定していないという理由で使うと、説明まで軽く扱ったように受け取られかねません。
確認したいだけなら、「どの資料を基にした見込みですか」「本人に確認できている内容ですか」と尋ねられます。相手の考えを評価する前に、情報がどこから来たのかを確かめる聞き方です。
気持ちや事情を思いやるなら「推察」
「慣れない環境で、戸惑いもあると推察します」。表情や状況を手掛かりに、直接は分からない気持ちを考える場合には「推察」がなじみます。「推測」と重なる語ですが、「察する」の意味があるため、人の事情や心情を扱う文によく使われます。
「返事が遅いのは、忙しいためだと推察した」も成り立ちます。ただ、それが相手の実際の理由かどうかは分かりません。相手を思いやったつもりでも、「忙しいに違いない」と決めれば別の事情を見落とします。直接尋ねられる場面では「ご都合はいかがですか」と確認した方が早いこともあります。
人の気持ちは必ず推察、数字は必ず推測という厳格な使い分けではありません。対象だけで機械的に直すより、どんな材料から何を考えた文なのかを見ると判断しやすくなります。
報告では「分かったこと」と「考えたこと」を分ける
「欠席者が多かった。雨の影響だと思う」という二つの内容があるとします。「雨のため欠席者が増えた」と一文にすると、原因まで確認した報告に変わります。「欠席者は前回より多く、雨が影響した可能性があります」なら、事実と考えを分けて伝えられます。
さらに「欠席理由は未確認です」と添えれば、どこまで分かっているかも明確です。推測をすべて排除する必要はありません。考えを共有するときこそ、確認済みの情報と、自分なりの読み取りを混ぜないことが大切です。