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LINTO日本語の校正と推敲

間違えやすい日本語 / 第80回

「お目にかなう」と「お眼鏡にかなう」は同じ?似た言葉を確かめる

「先生のお目にかなう作品ができた」。意味は分かるものの、「お眼鏡にかなう」では、と気になる人もいるでしょう。改まった文章で定型表現として選ぶなら、「お眼鏡にかなう」が確実です。

ただ、「お目にかなう」を単なる言葉の混ぜ間違いとして片付けると、実際の用例や辞書の扱いを見落とします。

「お眼鏡にかなう」の眼鏡は、見抜く力

ここでの「眼鏡」は、顔にかける道具そのものではなく、物事のよしあしを見分ける力を指します。その判断に「かなう」のですから、評価され、認められるという意味になります。

「審査員のお眼鏡にかなう一作を目指す」なら、審査員の評価を得たいということです。相手が実際に眼鏡をかけている必要はありません。

なお、自分の判断について「私のお眼鏡にかなった」と言えば、自分を高く置くような響きが出ます。他人の作品を選ぶ場面なら「私の好みに合った」「選考基準を満たした」と書く方が、何を評価したのかもはっきりします。

「お目にかなう」は辞書にない言葉なのか

辞書編集者の神永曉さんによる解説は、「お目にかなう」の文学作品での使用例と、『大辞林』に見出しがあることを紹介しています。少なくとも、誰かが最近うっかり作っただけの言い方ではありません。

だからといって、どの文章でも両者を入れ替える必要はありません。定型として整えるなら「お眼鏡にかなう」、人の発言を読むときは辞書や文脈も確かめる。書くときの選択と、他人の言葉への判断を分けると無理がありません。

似た「お目に留まる」は、まず注意を引くことです。作品が目に留まっても、評価を得たとは限りません。注目されたのか、認められたのかで、文章に合う一語を選べます。

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