読めそうで読めない漢字 / 第86回
「泰然」は「たいぜん」。のんびりしている人にも使える?
「泰然」は「たいぜん」と読みます。落ち着いていて、物事に動じない様子です。「泰然として待つ」「泰然たる態度」のように使い、四字熟語の「泰然自若」でもおなじみです。
のんびりした人にも使える場合はありますが、単に動作がゆっくりだという意味ではありません。「泰然」は、周囲の状況に心を乱されず、落ち着いている様子を表します。
「泰然自若」の「自若」は若さのことではない
「泰」には、安らか、落ち着いているといった意味があります。「泰然」は、どっしりと落ち着いた様子を表す言葉です。「泰然な態度」よりも、「泰然とした態度」「泰然たる態度」という形がよく使われます。
「泰然自若」は「たいぜんじじゃく」と読みます。「自若」も、大きな出来事に直面しても態度が変わらず、落ち着いていることです。「若」の字があっても、若々しい姿や若い自分を表す言葉ではありません。
「急に進行が変わっても、司会者は泰然自若としていた」。予定外のことが起きたという背景があるため、普段と変わらず落ち着いていた様子が際立ちます。何も起きていない場面より、周囲との対比がある場面で意味を捉えやすい表現です。
「悠然」「毅然」と似ていて違うところ
「悠然」は、ゆったりして落ち着いている様子です。「庭を悠然と歩く猫」なら、急ぐ気配のない、のびやかな動きが浮かびます。「物音がしても泰然としている猫」とすると、動じないことが中心になります。
「毅然」は、意志が強く、物事に動じない様子です。「圧力を受けても毅然として断った」では、断るという姿勢の揺るがなさに目が向きます。「泰然として話を聞いた」なら、まず落ち着いた聞き方が伝わります。
これらは場面によって重なり、いつも明確に切り分けられるわけではありません。「泰然とした人物だから意志が弱い」「毅然としているから落ち着いていない」といった意味にはなりません。文章でどの面を見せたいかが、選び分けの手掛かりです。
のんびりしていることと、動じないこと
「開演が迫っているのに、彼は泰然としてお茶を飲んでいた」。余裕のある人物を描くこともできますが、前後の内容によっては、周囲が困っているのに緊張感がないという皮肉にもなります。
「呼び出しに気づかず、のんびりしていた」なら、そもそも状況を知らなかった可能性があります。事情を理解したうえで落ち着いているのか、事情を知らずにくつろいでいるのかで、人物の見え方は変わります。
好意的に使いたいときは、「周囲が慌てる中、彼女は泰然として代わりの手順を説明した」のように、落ち着きが役立った行動を添えると伝わりやすくなります。「泰然としていた」だけでは、何もしなかった人のように受け取られる余地もあるからです。
人物描写では表情や動きを添える
「結果を待つ間も、師匠は泰然とした様子を崩さなかった」。この一文は、落ち着いた人物像を短く示せます。さらに「道具を拭き終えると、いつもの場所に順に戻した」と続ければ、普段と変わらない振る舞いが目に浮かびます。
反対に、内心まで断定したくないときは「泰然としているように見えた」と書けます。「本人は緊張していたというが、客席からは泰然として見えた」なら、外から見えた態度と本人の気持ちを両方伝えられます。
「いつでも泰然自若でありたい」という目標を掲げることもできます。ただ、緊張や不安が一切ない人だけに使える言葉ではありません。人物を描く文章なら、感情を想像で決めつけるより、表情、声、手の動きといった観察できるものを添えると、その落ち着きが生きた描写になります。