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LINTO日本語の校正と推敲

間違えやすい日本語 / 第154回

「手詰まり」は打つ手がないこと?「行き詰まり」との違いとお金に困る意味

「交渉が手詰まりになった」。この「手」は人手ではなく、打つ手、つまり手段のことです。「手詰まり」は、施すべき手段や方法が尽きて困ることを表します。 忙しくて手が回らない、人が足りないという意味ではありません。

たとえば「繁忙期で人が足りず、現場は手詰まりの状態です」と書くと、人手の不足を伝えたつもりでも、打つ手がなくなったという意味に読まれます。人手の話なら「人手が足りず、手が回らない状態です」とすれば、伝えたいことがそのまま届きます。

「手」は「手を打つ」の「手」

デジタル大辞泉の「手詰り」は、「施すべき手段・方法がなくて困ること」と説明し、用例に「交渉が手詰まりの状態になる」を挙げています。「手を打つ」「手を尽くす」「奥の手」と同じく、ここでの「手」は物事を進めるための方法です。打てる手が詰まって、もう出てこない状態と考えると覚えやすいでしょう。

囲碁や将棋でも使います。同じ辞書は、局面を有利に進める望みのない状態を指す意味も載せています。盤上で指せる手はあっても、よくする手が見つからない。日常の「手詰まり」も、この感覚に近いものです。

使い方は「手詰まりになる」「手詰まりに陥る」「手詰まりの状態」のほか、「手詰まりを打開する」のように、抜け出すことと組み合わせる形もよく見かけます。「献立のアイデアが手詰まりだ」のように、身近な場面で軽く使っても不自然ではありません。

お金のやりくりに困る意味もある

同じ辞書は、とくに金銭の工面に困ることにも使うと書いています。「月末の支払いを前に手詰まりになった」なら、資金をやりくりする手段がなくなった状態です。

動詞の「手詰まる」もあり、精選版 日本国語大辞典は、金銭のやりくりに困る意味の古い用例として、江戸時代の井原西鶴『西鶴織留』を引いています。今は「資金繰りが手詰まりになる」のように名詞で使うことが多いものの、お金の話で出てきても不思議ではない言葉です。

「行き詰まり」「八方塞がり」とはどう違う?

言葉目を向けているところ例
手詰まり打てる手段が尽きたこと打開策が出尽くして手詰まりになる
行き詰まり先へ進めなくなったこと研究が行き詰まる
八方塞がりどの方向にも障害があること何をしても八方塞がりだ

「研究が行き詰まった」は、進む道がふさがったことに目を向けています。まだ試していない方法が残っていてもかまいません。「研究が手詰まりになった」と書くと、考えられる手はひととおり試し、次の手が見つからないという意味が強くなります。

似た言葉に「膠着」もありますが、こちらは状況が動かずに固まっていることが中心で、手段が尽きたかどうかまでは言っていません。「切羽詰まる」は、追い込まれて余裕がなくなる様子に重点があり、締め切りが迫るなど時間に追われる場面でよく使います。

報告では「何の手が尽きたか」を添える

報道では「手詰まり感が漂う」のような言い方もよく見かけます。手を打っても効果が出ず、次の策が見えない雰囲気を表すのに便利です。

ただ、仕事の報告で「交渉は手詰まりです」とだけ書くと、受け取った側は何がどこまで試されたのかが分かりません。「価格と納期の両面で譲歩案を出しましたが、先方の合意が得られず、次の手が見つかっていません」と、試した手段を並べると、上司や同僚も新しい手を一緒に考えやすくなります。

反対に、まだ試していない手が残っているなら、「手詰まり」は言い過ぎです。「交渉が難航しています」「話し合いが足踏みしています」とすれば、実情に合った重さで伝えられます。

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