間違えやすい日本語 / 第152回
「得々として語る」は流ちょうに話すこと?「滔々」との違いと褒め言葉にならない理由
講演の感想に「先生が得々として語ってくださいました」と書くと、感謝のつもりが皮肉に読まれるかもしれません。「得々(とくとく)」は、話のうまさや熱心さを表す言葉ではないからです。「得々として」は、得意そうに、自慢げにという様子を表します。 よどみなく話すさまを言いたいなら、「滔々(とうとう)と」が合います。
「得々」は得意げな様子
デジタル大辞泉の「得得」は、意味を「得意そうなさま。自慢げなさま」とし、用例に「得得として語る」を挙げています。「得」の字を重ねた語で、思いどおりになって満足している様子、したり顔が中心にあります。
「部長は自分が決めた企画の成功を、得々として語った」。この文から伝わるのは、話し方が上手だったことではなく、手柄を誇らしげに話す部長の姿です。読み方によっては、書き手が少し冷ややかに眺めている響きも帯びます。
「得々と語る」「得々たる顔つき」とも言い、形が違っても意味は変わりません。
自分のことに使う場合もあります。「新人時代の成功談を、気づけば得々と語っていた」と書けば、得意になって話しすぎたという反省がにじみます。他人に使えば冷ややかな評価に、自分に使えば照れや戒めになります。どちらにしても、話のうまさを褒める言葉にはなりません。
よどみなく話すなら「滔々」
「滔滔」は、もとは水が勢いよく流れるさまで、そこから次から次へとよどみなく話すさまにも使われます。「新しい計画について滔々と述べた」なら、話が途切れずに続いたことを表します。「大河が滔々と流れる」のように川の描写にも使える点が、人の気持ちを表す「得々」との大きな違いです。
「とくとく」と「とうとう」は音が近く、どちらも「〜と語る」の形で使うため、取り違えが起きやすいところです。ただ、「滔々と」は話の流れの勢い、「得々と」は話す人の得意げな気持ちに目を向けた言葉です。同じ場面を描いても、聞き手の受け止め方は大きく変わります。
感想やお礼に使うときの言い換え
目上の人の話を褒めるつもりなら、「得々として」は使わないほうがよい言葉です。自慢げに話したと評することになり、本人が読めば気分を害するかもしれません。
「先生が滔々と語ってくださいました」も、勢いは伝わりますが、一方的に話し続けた印象を与えることがあります。お礼の文では、「豊富な事例を交えて、熱心に語ってくださいました」「難しい内容を分かりやすく説明してくださいました」のように、何がよかったのかを具体的に書くと気持ちが届きます。
社内報で同僚の発表を紹介する文でも同じです。「新製品の魅力を得々と説明した」と書くと、自慢話を聞かされたように受け取られることがあります。「新製品の魅力を、実演を交えて説明した」とすれば、評価を混ぜずに様子が伝わります。
「とくと」「諄々と」も別の言葉
音の似た言葉に「とくと」があります。漢字では「篤と」と書き、「篤とご覧ください」のように、念を入れてじっくりという意味です。強めると「とっくと」になり、「とっくと考えてから返事をする」のように使います。「とくとくと説明する」と書いても、丁寧に説明したという意味にはなりません。
丁寧に言い聞かせる様子なら、「諄々(じゅんじゅん)と説く」という言い方があります。よく分かるように繰り返し教えさとすさまで、「得々」とは向いている方向がまったく違います。
人物を描くときには、「得々として」はむしろ便利な言葉です。誇らしげな様子を一語で示せるので、小説や随筆ではよく効きます。言葉そのものに問題があるのではなく、褒めたい場面に向いていないのです。