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「浮き足立つ」の本来の意味|わくわくではなく、逃げ腰

県大会の決勝を翌日に控えた吹奏楽部の様子を、顧問の先生が学校だよりに書いたとします。「部員たちは本番を前に浮き足立っています」。期待に胸をふくらませている、と伝えたかったのでしょう。ところが読んだ保護者の中には、大丈夫なのかと心配になった人がいたかもしれません。この言葉には、そう読める理由があります。

「浮き足」は、かかとの浮いた足

「浮き足」とは、つま先立ちになって、かかとが地面から離れた足のことです。踏ん張りがきかず、重心が定まらない。その代わりに、すぐ動ける。昔の戦場で言えば、いつでも逃げ出せる構えです。そこから「浮き足立つ」は、恐れや不安で落ち着きを失い、逃げ腰になることを表すようになりました。

「相手の速攻に守備陣が浮き足立ち、立て続けに三点を失った」。これが辞書どおりの使い方で、浮き足立った側は押されています。前に出ていく気配はなく、腰が引けて、足が地についていない。学校だよりの「浮き足立っています」を、保護者がこの意味で読んだとしても無理はありません。

一字違いの「浮き立つ」

喜びでそわそわする意味には、ちゃんと別の言葉があります。「心が浮き立つ」「気持ちが浮き立つ」。こちらは楽しさや期待で気分が高まることで、不安の色はありません。「浮かれる」「うきうきする」も同じ側です。

「浮き立つ」と「浮き足立つ」。真ん中に「足」が入るかどうかの違いしかなく、どちらも落ち着かない様子を表します。ここが混ざった大きな理由だと思います。加えて「浮く」という字そのものに、軽やかで楽しげな印象があること。浮き足立つの「浮き」は足が浮いて踏ん張れないという体の話なのですが、気分が浮く方へ引っぱられたのでしょう。

二つの言葉はどちらも、落ち着かないのです。違うのは、落ち着かなくさせている原因と、体の向き。喜びで前のめりになっているのが浮き立つ、恐れで後ろに退きかかっているのが浮き足立つ。同じそわそわでも、もとの向きは反対です。

こうして広がった「期待でそわそわする」の意味は、いまでは辞書にも載り始めています。ですから、誤りだと言い切るのはもう難しくなっています。ただ、逃げ腰の意味で覚えている人には、同じ一文が逆向きに届きます。書き言葉で使うなら、どちらの読み方をされてもいい場面かどうかを、見ておきたいところです。

書き分けの目安

期待や高揚を書きたいなら、「心が浮き立つ」「胸が高鳴る」「そわそわしている」「気がそぞろになる」あたりから選ぶと、どの読み方をする人にも同じ情景が届きます。先ほどの学校だよりなら「本番を前に、部員たちは期待で胸をふくらませています」でしょうか。

社内文書でも同じことが起きます。「新製品の発売を控えて、営業部は浮き足立っている」。書いた人は盛り上がりを伝えたつもりでも、読んだ上司は、準備が追いつかずに浮ついているのかと受け取るかもしれません。「浮つく」も、落ち着きがなく軽々しい様子を言う言葉で、浮き足立つと同じ側にいます。高揚を書きたいなら、「発売を控えて、営業部は活気づいている」のほうが、どちらの意味で覚えている人にも同じように伝わります。

一方、動揺や腰の引けた様子を書きたいときは、「浮き足立つ」がぴたりと合います。「想定外の質問が続いて、発表者は浮き足立った」「相場の急落に市場が浮き足立つ」。こうした場面では、言い換えるよりこの言葉を使ったほうが、情景に近づきます。

なお、新聞などでは「浮足立つ」と送り仮名を省いた形で書かれることもあります。意味は同じなので、見かけても別の言葉だとは思わなくて大丈夫です。

出す前に、さっと校正

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この記事は「間違えやすい日本語⑦」の一語です。