「やぶさかでない」の意味|二重否定の中身は「喜んで」
「来月の勉強会で、事例を一つ話していただけませんか」。こう頼んで、「お話しするにやぶさかではありません」と返ってきました。喜んでいいのか、無理を言ってしまったのか。返事をもらった側がここで迷うなら、その言葉の意味が人によって割れている証拠です。
「吝か」は、物惜しみすること
「やぶさか」は漢字で「吝か」と書きます。「吝」は「吝嗇(りんしょく)」の吝で、けち、出し渋り。「やぶさか」だけで使えば、物惜しみする、ためらって出し惜しむ、という意味になります。とはいえ、この形で使う人はもういません。「あの人はやぶさかな人だ」とは、今はまず言わない。
それを打ち消したのが「やぶさかでない」です。出し惜しみしない、ためらわない。辞書では「〜するにやぶさかでない」の形で、努力を惜しまない、喜んで〜すると説明されています。冒頭の返事は、「喜んでお話しします」と言っているのと同じです。無理をさせたどころか、快く受けてもらえています。
「悪くはない」と同じ形に見えてしまう
意味が割れた理由は、形にあります。日本語では「〜ではない」の形が、ぬるい肯定によく使われます。「嫌いではない」「悪くはない」「できないわけではない」。どれも、やりたくてたまらないわけではないけれど、断るほどでもない、という温度です。「やぶさかではない」はこの仲間に見えます。しかも打ち消されている「やぶさか」が死語に近いので、何を否定しているのか分からないまま、形だけで判断するしかない。そうなれば「嫌いではない」と同じ温度に落ちつくのは、むしろ自然な流れでしょう。
改まった答弁や声明で耳にすることが多い言葉でもあり、言い切りを避ける場で聞くうちに、答えをぼかす言い方だという印象が重なったのかもしれません。これは推測ですが、肩書きのある人が「検討するにやぶさかではない」と言う場面を思い浮かべると、たしかに乗り気には聞こえにくい。
ただ、言葉の中身は前向きです。惜しまない、と言っているのですから。
温度の順番
よく似た返事を並べてみると、位置が分かりやすくなります。「構いません」は、許容。嫌ではない、という程度です。「異存はありません」は同意で、反対しないことをはっきり伝えます。「やぶさかではありません」はその上で、積極的に引き受ける返事。「喜んで」とほぼ同じ高さにあります。形が控えめなだけで、中身はいちばん熱い。このずれが、この言葉のおもしろさでもあり、面倒なところでもあります。
近い言葉に「厭わない(いとわない)」があります。「労を厭わない」は、手間を嫌がらない。「惜しまない」も同じ側にいます。どちらも打ち消しの形で前向きさを表す点が共通していて、やぶさかでないと並べて覚えておくと、形に惑わされにくくなります。
書くときは、どちらの読み方をされてもよいか
自分が書く側なら、相手がこの言葉を知っているかどうかで決めるのがよさそうです。知っている相手には、「お手伝いするにやぶさかではありません」は、少し照れの混じった快諾として届きます。知らないかもしれない相手には、喜んでお手伝いします、協力は惜しみませんとそのまま書いたほうが、こちらの前向きさが減らずに届きます。
逆に、本当に気が進まないときに「やぶさかではありませんが」とぼかすのは、やめておいたほうがよいと思います。言葉を知っている相手には「喜んで」と伝わってしまい、あとで引き受け方が食い違います。気が進まないなら、「正直に申し上げると難しいのですが」「今回は見送らせてください」と、進まないことをそのまま書く。やぶさかでないは、惜しまないときのための言葉です。
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この記事は「間違えやすい日本語⑥」の一語です。