読めそうで読めない漢字 / 第73回
「揶揄」は何と読む?「冗談」のつもりでも皮肉になる言葉
「揶揄」は「やゆ」と読みます。相手や物事をからかったり、笑いものにしたりすることです。「冗談のつもりだった」と言う人の発言でも、相手をからかう内容なら「揶揄」と表現されることがあります。単に楽しい話をした、という意味ではありません。
「揶揄する」は誰かをからかうこと
「揶揄」は、相手や物事をからかい、嘲るように扱うことです。 「一度の失敗を持ち出して、何度も揶揄した」という文なら、失敗を改善するための話し合いではなく、その失敗を笑いの種にしています。
二文字とも手偏が付いた難しい漢字ですが、熟語では「やゆ」と短く読みます。辞書には、手でもてあそぶ意味の古い用例もあり、現在のからかう意味につながります。ただし、相手の体を実際に触る必要がある言葉ではありません。
「揶揄した」「揶揄された」「揶揄するような口調」という形で使えます。名詞として「その言葉には揶揄が含まれている」と書くこともできます。平仮名の「やゆ」より、「からかい」と言い換えたほうが分かりやすい文章もあります。
冗談なら揶揄にならない?
「冗談」は、本気ではなく言う言葉や、遊びとしての言動を広く表します。自分の失敗を軽く話したり、誰も標的にしない言葉遊びをしたりする冗談もあります。「揶揄」は、からかわれる対象がある点に目が向きます。
たとえば、遅刻した人に「今日も重役出勤ですね」と言えば、表面上は丁寧でも、遅れたことを皮肉ってからかう表現になります。「また遅れたね。開始時刻に間に合うように来てほしい」と直接伝えるのとは、言い方も相手への働きかけも違います。
親しい者同士で軽くからかい合い、双方が笑える場合もあります。ただし、話す側が冗談と呼んだからといって、受け手が不快にならないとは限りません。誰が、どの場面で、何をからかっているかを見て判断することになります。
「皮肉」「風刺」「批判」と重なるところ
「皮肉」は、遠回しに相手を批判したり、意地悪く言ったりする表現です。揶揄するために皮肉を使うことはありますが、揶揄がすべて遠回しとは限りません。あからさまにまねをしてからかう場合にも、揶揄は使えます。
「風刺」は、社会や人物の欠点を、笑いやたとえを通じて批判することです。「形だけの会議を揶揄した漫画」といえば、からかう表現に注目しています。「形だけの会議を風刺した漫画」なら、その描写を通じて問題を批判している点が前に出ます。同じ作品に両方の言葉が当てはまる場合もあります。
「批判」は、問題点を指摘して評価することです。「説明に根拠がないと批判した」だけでは、からかったことまでは分かりません。意見が厳しいから揶揄、相手が笑ったから冗談、という分け方では内容を捉えきれません。
人の発言を紹介するときの注意
「彼は計画を揶揄した」と書くと、計画をまともに検討せず、笑いものにした印象を与えます。実際には具体的な問題点を指摘しただけなら、「計画に疑問を呈した」「費用の見積もりを批判した」のほうが正確です。
「発言を揶揄する見出しが付けられた」という場合も、どの部分がからかいに当たるのか示すと読み手が判断できます。「大げさな肩書を付け、発言者を茶化す見出しだった」のように、表現の仕組みを説明できます。
自分で相手に不満を伝えるときには、からかいの形にしなくても内容は伝えられます。「また立派な予定表ですね」と嫌味を言うより、「前回は日程どおりに進まなかったので、今回は余裕を持たせたいです」と具体的に話せます。揶揄という言葉を知ると、文が表面上は丁寧でも、実際には何をしているのかに目を向けられます。