読めそうで読めない漢字 / 第48回
「躊躇」は何と読む?「迷う」と「ためらう」の違いも分かる
「躊躇」は「ちゅうちょ」と読みます。あれこれ考えて決心がつかず、行動をためらうことです。「声を掛けるのを躊躇した」といえば、声を掛けようとは思ったものの、何かが気になって踏み出せなかった様子が伝わります。
二文字とも足偏が付いているのはなぜ?
「躊」も「躇」も、足偏の付いた字です。ためらって進まないことに関わり、「躊躇」は気持ちが定まらず、すぐに前へ進めない状態を表します。体が実際に止まる場合だけでなく、返事や決断を先に延ばす場合にも使えます。
「躊躇う」と書いて「ためらう」と読む表記もあります。「ちゅうちょう」と読んだり、「躊躇する」を「ためらうする」と混ぜたりせず、「ちゅうちょする」「ためらう」のどちらかの形で使います。自分の文章では、平仮名の「ためらう」と書いても自然です。
字が難しいから意味も特別、というわけではありません。「入店を躊躇した」と「店に入るのをためらった」は、かなり近い内容を表せます。周りの文の調子に合わせて選べます。
「迷う」は選べないときにも使う
「躊躇」は、行動や決断に踏み切れず、ためらうことです。 「昼食をそばにするか、うどんにするか迷う」は、二つの候補を選んでいる状態です。これを「昼食を躊躇する」とすると、食事そのものを取るべきかためらっているように読めます。
「値札を見て購入を躊躇した」なら、値段が気になって買う決心がつかなかったという意味です。購入する店を選んでいるだけなら「どの店で買うか迷った」が合います。行動そのものにためらいがあるのか、選択肢を比べているのかで、言い方が変わります。
「道に迷う」は使えますが、「道に躊躇する」とは普通言いません。「暗い山道へ入るのを躊躇する」なら自然です。場所が分からない話ではなく、その先へ行くことへのためらいを表しているからです。
理由を添えると心の動きが見える
「久しぶりの友人に電話するのを躊躇した」だけでも文は成立しますが、「忙しい時間かもしれないと思い」を添えると、ためらいの理由が分かります。電話が嫌いなのか、関係が悪いのか、と読み手が余計に推測せずに済みます。
「大切な本だったので、余白に書き込むのを躊躇した」は、物を傷つけたくない気持ちです。「相手が話し終えていなかったため、訂正を申し出るのを躊躇した」なら、相手への配慮が働いています。躊躇は必ずしも臆病さの表れではなく、慎重さや遠慮から生じることもあります。
一方、「結果を確認するまで判断を保留した」は、情報を待つという明確な理由に基づく行動です。これを「判断を躊躇した」と言い換えると、決めるべきなのに踏み切れなかった、という印象が加わることがあります。他人の行動を説明するときは、その人の内心まで勝手に決めないようにしたいところです。
「躊躇なく」と「躊躇せず」の使い方
「彼女は必要ない物を躊躇なく手放した」は、迷いを見せず決めた様子です。「分からない点は躊躇せず尋ねてください」は、遠慮やためらいを持たずに質問してよいという呼びかけになります。後者は「遠慮なくお尋ねください」とすると、案内文にもなじみます。
「躊躇」と「逡巡」はともにためらいを表し、用法が重なります。「躊躇は一瞬、逡巡は必ず長時間」といった厳密な時間の線引きはできません。「一瞬躊躇した」も「長く躊躇していた」も自然です。期間を伝えたいなら、語に任せず時間を添えます。
ためらったことを詳しく書くなら、最後に「それでも電話を掛けた」「その日は見送った」と結果を続けられます。躊躇という一語は、迷いの原因にも結論にも代わらず、動き出す前の気持ちを表しています。