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間違えやすい日本語③:「姑息」「憮然」「割愛」の正確な意味とは?

「姑息」「憮然」「割愛」。三つ並べても、共通点はすぐには見えないかもしれません。音も、使われる場面もばらばらです。ただ、どれも漢字の見た目や音の印象から意味を思い込みやすく、辞書の意味とは別の方向で使われているという点でそろっています。「姑息」は字面がいかめしく、「憮然」は怒りの「憤然」に音が近く、「割愛」は「割る」の字が削ることを連想させる。そのせいで、三語とも元の意味から少しずつ離れていきました。やっかいなのは、三語とも文脈しだいで両方の意味に読めてしまうことで、書いた側のつもりと受け取った側の理解が、気づかれないまま食い違いやすい言葉でもあります。

まとめ回ですので、ここでは三語の輪郭だけをつかんでいただいて、詳しくは語ごとの記事に譲ります。

「姑息」はずるさの言葉ではなかった

「姑息な手段」と聞けば、卑怯でせこいやり方を思い浮かべる人が多いと思います。けれども「姑息」が指すのはその場しのぎの間に合わせであって、卑怯かどうかとは別の話です。「姑」はしばらく、「息」はやすむ。医療で「姑息的治療」と言えば、根本を治すのではなく症状をやわらげる治療のことで、ずるさは少しもありません。『礼記』に出てくる由来や、卑怯の色がついた経緯は、「姑息」の本当の意味で。

「憮然」は怒っていない

「憮然とした表情」は、むっとした顔に見えます。ところがこの語が表すのは、怒りではなく思いどおりにならず失望して気が抜けているさまです。怒りの語は、一字違いの「憤然」です。新聞で「監督は憮然とした表情で」とあっても、怒りなのか失望なのか、その一文からは判別がつきません。「憮」の字はりっしんべんに「無」と書くので、心が無になる、と覚えると取り違えにくくなります。「憤然」とどう書き分けるかは、「憮然」の意味と使い方に書きました。

「割愛」には惜しさがいる

「不要な部分は割愛しました」。この一文、意味のうえでは少し無理があります。「割愛」は仏教語で、愛着を断ち切ること。そこから惜しいと思うものを思い切って手放すことを指すようになりました。不要なものに惜しさはありませんから、そこは「省略」です。論文の「紙幅の都合により割愛する」のように、残したいのに削る場面で生きる言葉です。「省略」との境目は、「割愛」の意味と使い方でもう少し細かく見ています。

まとめ:正誤早見表

言葉よくある誤解本来の意味
姑息卑怯、ずるいその場しのぎ、一時の間に合わせ
憮然腹を立てている失望して気抜けしている
割愛不要なものを省く惜しいものを思い切って手放す

出典:文化庁「国語に関する世論調査」 平成19年度 / 平成22年度 / 平成23年度

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