読めそうで読めない漢字 / 第65回
「捏造」は「ねつぞう」。間違いとでっち上げはどう違う?
「捏造」は「ねつぞう」と読みます。実際にはないことを、事実であるかのように作り上げることです。「発言を捏造した」なら、本人が言っていない言葉を、言ったことにして示したという意味になります。単に文章を読み違えた、数字を打ち間違えたという話とは区別します。
「捏」はこねて作ることに関わる字
「捏」には、こねる、こねて作り上げる意味があります。「造」と合わさり、事実でないものを作り出す意味で使われます。土や材料をこねて形にすることと、話を作り上げることのつながりが見える言葉です。
辞書では、「ねつぞう」は「でつぞう」の慣用読みとしても説明されます。現在は「ねつぞう」が広く使われる読みであり、慣用読みだから使ってはいけないということではありません。「でつぞう」も辞書にある読みですが、一般の説明では「ねつぞう」で通じます。
字が難しいため「ねつ造」という表記に出会うこともあります。書き方の違いで意味が変わるわけではありません。「捏」の代わりに音が似た別の字を当てるのではなく、必要なら仮名で書けます。
「誤り」と「捏造」は同じではない
「捏造」は、事実でない内容を、事実のように作り上げることです。 「開催日は12日なのに、21日と入力した」は誤記です。誤記の存在だけで、発表内容を捏造したと判断することはできません。
「取材していないのに、会った相手の発言として文章を作った」は、捏造の意味に当てはまる例です。「出席していない人を、出席したことにして記録した」も、実際にはない事実を作り上げています。何を確かめたのかではなく、ありもしない出来事を記録に加えている点が問題です。
「誤報」は、事実と違う報道のことです。間違った情報を信用した場合もあれば、確認不足の場合もあり、すべてが捏造とは限りません。情報の内容が誤っていることと、どのように誤りが生じたかは別に確かめる必要があります。
「改ざん」は元の内容を書き換えること
「改ざん」は、文章や記録などを不当に書き換えることです。実際にある記録を都合のよい形に変えることに重点があります。「捏造」は、存在しない内容を事実のように作ることに重点があります。
たとえば「実際には行っていない調査の回答を作った」なら捏造、「実際の回答の一部を、別の選択肢へ書き換えた」なら改ざんと説明できます。ただし現実の行為では両方が組み合わさることもあり、言葉だけで完全に分割できるとは限りません。
小説で架空の人物や会話を作ることは、通常「創作」です。初めから作品として示されている内容を、事実の報告と同じように扱う必要はありません。事実として読ませるのか、創作だと分かる形で示すのかは、意味を考えるうえで重要な違いです。
不一致を見つけても直ちに断定しない
「その話は捏造だ」と言うと、内容が違うというだけでなく、でっち上げたと強く批判することになります。「手元の記録と日付が違います」「引用元に、その発言が見当たりません」と、まず確認できたことを具体的に述べる方法があります。
説明を求めたいなら、「どの記録を基に書かれたのか確認したい」と続けられます。出典が見つからないことだけで、必ず誰かが作り上げたと証明されたわけではありません。見落としている別の資料がある場合もあります。
「捏造が疑われる」と「捏造が確認された」も異なります。疑いの段階を、確定した事実として紹介しないようにしたいところです。強い言葉を避けるために曖昧にするのではなく、分かっている誤り、分かっていない経緯、確認できた行為を分けると、読み手にとっても判断しやすい文章になります。